経理をAIに任せる前に ── 人が「できるけれど、やらない」で守っていた統制を見つける
ツバイソの印具です。
「社員にAIを配ったが、経理の仕事まで任せたら統制が弱くならないか」。経理を統括するCFOの方なら、同じ懸念をお持ちだと思います。
見落としやすいのは、経理部長や担当者が「できるけれど、やらない」と自分を律して守ってきた線です。この記事では、その線を見つけて仕組みへ移す考え方をお話しします。ここでいうAIは、基幹システムでデータを登録・更新するAIエージェントです。

権限の設定からは見えない線がある
経理の統制は図のように3つに分かれます。1つ目はAIに任せる前にシステムで止める線、2つ目はAIが確認を補助できる線です。
3つ目は、人が自制して守る線です。納品・請求・売上を1つの画面で扱うシステムでは、担当者は、前受の請求なら売上の日付や金額を直し、ほかの請求では編集できても編集しないというように、業務の意味で使い分けています。1つのIDでシステム管理者の権限も持つ経理部長が、その権限を設定の変更や権限の付与のときだけ使うのも、自制で守る線です。監査では、記録に残らない自制には依拠できません。
AIには、この自制がありません。権限の範囲内なら、指示の読み違いや文書に仕込まれた指示でも、実行することがあります。越えさせない線は指示でなく設定で引きます。
国家の統治も、為政者の自制に頼る部分を仕組みへ移してきた
統治の歴史には「人の支配」から「法の支配」への流れがあります。為政者の自制に頼る統治は、為政者の交代で規律を保てるとは限らないため、権力を持つ者も従う規則を定めてきました。経理も同じで、担い手がAIに代わるときは、経理部長でも承認と記録なしには越えられない線を設定で引き、承認された操作は別の人が記録で確かめます。
業務が混ざったシステムでは、線を権限で引けない
線を設定で引くには、業務ごとに記録と権限が分かれている必要があります。
| 業務が分かれたシステム | 業務が混ざったシステム | |
|---|---|---|
| 納品の日・金額・検収日 | 納品の記録に残る | システムの外に置くか、売上計上と合わせて処理 |
| 前受の請求 | 請求と売上を別に記録する | 売上の日付・金額を別に入れる |
| 編集できる範囲 | 業務ごとに設定で分ける | 人が業務の意味で使い分ける |
業務が混ざったシステムでは、納品の統制がシステムの外に置かれるか、売上計上という別の意味と合わせて処理するしかなくなります。会社の分業と統制が成熟するにつれて、業務ごとに記録が分かれた基幹システムへ乗り換えていく必要があると考えています。
止める操作と、承認してAIに任せる操作に分ける
付与した権限の一覧と操作の記録を突き合わせ、経理部長や担当者に聞き取って、権限はあるが普段は行わない操作を書き出します。CFOは書き出した操作を、設定で止める操作と、承認してAIに任せる操作に分けます。
納品の担当者が売上を編集するような、職務の外の操作は、人もAIも実行できない設定にします。承認や締めを済ませた記録はロックします。
権限の付与や設定の変更は手間のかかる操作ですが、決裁の責任を持つ人が承認すれば、AIに任せられます。締めの解除も、期間を限って解除し、作業後に締め直すなら同じです。取り消せない送金の確定は人が行います。承認してAIに任せるときの条件は4つです。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 1. 代理 | AIは承認した人の代理として動く。承認の記録が無い操作は実行されない設定にし、AIには変えさせない |
| 2. 文書を読むAI | 請求書やメールを読み込むAIには、システム管理者の権限を付与しない。社外から届く文書には、AIへの指示が仕込まれていることがある。その指示にAIが従ったとき、システム管理者の権限が付与されていれば、条件1の設定まで変更できる。条件1の設定が外されると、権限の付与や設定の変更を含め、承認の記録が無い操作も実行できる |
| 3. システム管理者のID | 権限を、日々使うIDとは別のIDに付与する |
| 4. 記録と照合 | システム管理者のIDの操作は、人の操作も含めて書き換えられない記録に残し、承認した人とは別の人が照合する |
基幹システムについては、記録と権限が業務ごとに分かれているか、4つの条件に必要な設定ができるかを確かめます。
人手の制約で兼ねてきた役割を、AIを機に分ける
人手の限られた会社の多くは、経理部長や担当者がシステム管理者を兼ねるなど、一人が複数の役割を担ってきました。兼ねた権限の使い分けは本人の自制に任せ、その運用で統制を保ってきました。自制の無いAIが加わると、属人的な調整ではリスクが生じます。一定規模の会社と同じ統制の考え方と、それに合う基幹システムが必要です。
| 役割 | これまで | AI導入後 |
|---|---|---|
| 日々の入力 | 担当者 | 担当者の指示でAIが入力する |
| 権限の付与・設定の変更 | システム管理者を兼ねる人が自ら行う | 決裁の責任を持つ人が承認し、AIが操作する |
| システム管理者の権限で行った操作の記録を確かめる | 操作した本人 | 承認した人とは別の人が毎月、操作と承認の記録を照合し、承認の内容を確かめる |
入力と操作をAIが担えば、人は承認と確認に回れます。AIは承認があれば実行するため、承認した本人の誤りや不正は防げず、記録を確かめる人が補います。4つの条件に必要な設定をした基幹システムでは、AIは承認の記録がある操作だけを実行します。システム管理者のIDの操作は、人の操作も含めて書き換えられない記録に残ります。確かめる人は、この操作の記録を承認の記録と照合して、承認の記録が無い操作を洗い出し、承認の内容が妥当かも確かめます。この役は、承認した人とは別の人が担います。人手の限られた会社では社長や顧問の会計事務所、規模の大きな会社では内部監査や他部門の管理職が候補です。
AIの活用は、分業とマネジメントを見直すきっかけになります。AIが人手の制約を解けば、人員を増やさずに、承認する人と確かめる人を分けた本来あるべき体制に近づけると考えています。
ツバイソ株式会社
代表取締役 CEO 印具 毅雄(イング タケオ)
公認会計士、税理士
広島生まれ、福岡育ち。中学生の頃からパソコン、プログラミングが好きで、N88-BASICやマシン語に親しむ。大学、大学院では、AI関連技術のニューラルネットワーク、ファジィシステムとともに遺伝的アルゴリズムの改善研究をC言語で行う。
1999年、修士(芸術工学)。日本知能情報ファジィ学会論文賞受賞「単峰性関数当てはめによるGA(遺伝的アルゴリズム)収束高速化」
インターネットベンチャーを立ち上げるべく、経営の勉強のために公認会計士を取得(公認会計士二次試験2000年合格、登録番号19193)。監査法人トーマツ(Deloitte)を経て、2006年にブルドッグウォータ株式会社の創業、事業開始。
2015年、同社よりRobotERPツバイソ事業を会社分割し、ツバイソ株式会社を設立。

